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映画『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』ネタバレ徹底考察 謎の玉とラストシーンはなんだ?

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レビューを書いた流れでこの考察をしています。

まだご覧いただいていない方はこちらから。

 

www.tackblog.com


 

レビューでは、どういうこと?という気持ちを隠さず語って来ましたが、モヤモヤする気持ちを抑えて、どんなラストだったかを私の解釈も含めて徹底解明したいと思います!

今回は映画『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』の考察をしていきます!

 

あらすじ

夏休み、とある海辺の町。花火大会をまえに、「打ち上げ花火は横からみたら丸いのか?平べったいのか?」で盛り上がるクラスメイト。そんななか、典道が想いを寄せるなずなは母親の再婚が決まり転校することになった。なずなは典道を誘い、町から逃げ出そうとするのだが、母親に連れ戻されてしまう。なずなを救えなかった典道は、もどかしさからなずなが海で拾った不思議な玉を投げつける。すると、いつのまにか、連れ戻される前まで時間が巻き戻されていた…。原作は『Love Letter』『リップヴァンウィンクルの花嫁』の岩井俊二。脚本は『モテキ』『バクマン。』の大根仁。総監督を務めるのは『化物語』『魔法少女まどか☆マギカ』の新房昭之。アニメーションスタジオ「シャフト」と最強タッグを組み、“繰り返される夏の一日”を描いたラブストーリー。(C)2017「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」製作委員会

出典元:Amazonプライム・ビデオ

謎の玉を徹底考察

 

まず謎の玉。

もしも玉という名前で形状は大きいビー玉のようなものでした。

終盤、花火師が打ち上げた際割れるような描写があり、入射した光の反射のキラキラした印象があったため材質はガラスだと考えます

しかしよく見るとレイヤー状に積み重ねられたような形になっています。

一般的なビー玉の作り方が丁寧に説明していただいているサイトがこちら。

www.matsuno-b.com

作品中に出てきたイメージ近いものはこちら。(非常に美しい器ですね)

www.axismag.jp

 

また打ち上げられたもしも玉が割れた際、その1つ1つの破片にもしもの世界が映し出されていました

 

ここから私の解釈になります。

もしも玉にはそれぞれ、もしも、の層が重なりあって1つの玉になっている。多くのもしもが重なることで歪みが生じるのではないか?という事です。典道となずなが最後海で泳ぐシーンは典道のもしもを重ねてできた世界なので、線路が海の上を走り、風景までガラスで歪んだような世界になったのではと考えます。

ひとつひとつのもしもは小さいものでも、重なることによって時空も歪めてしまうものであったのではないでしょう。

今度会うときはどんな世界だろう、というなずな言葉にも、この世界は現実ではないという意味合いが込められています。全ての、もしも、がない世界では水泳に負けてしまう訳ですから当然新学期には転校してしまっています。その世界で会う事が出来るのか、それとも、もしも◯◯だったらという世界でしか会えないのか。憂慮した発言だったのでしょう。

なずなの手にもしも玉が渡ったのは、なずなの父親のもしも、がそうさせたと考えるしかありません。なずなが悲しむような事がもしあったらこのもしも玉が助けてくれる、なんていう思いがなずなに拾わせたのでは無いでしょうか。

典道がその力を引き出せたのは、もしも、を思う強さが引き起こさせたのでしょう。なずな自身はある意味諦めにも似た反抗だった(水泳の競争で勝った方で良かった)のに対し典道はなずなに恋愛感情を持っていたためだと思われます。

 

ラストシーンの徹底考察

 

 

 

最後の出席を取るシーン典道は居ませんでした。先生の驚いている様子から、事前に欠席を伝えたようには思えません。

また海で死んだ説があるらしいですが、それも無いと思います。登校日にあった花火大会の日に何かあれば、新学期までに学校になにかしら連絡がいくでしょう。そうすればあんな風に出席確認はしないと思います。

 

その出席確認のシーンは、もしも玉が割れたシーンの後にあったため、あの世界は現実世界と考えます。そこで私の考察としては、

 

なずなの居ない学校を憂い、海で黄昏れているのではないでしょうか。

 

そう考える理由は以下の点です。

 

・もし、もしもの世界が割れて無くなっていれば、なずなは転校しているはず

 

・もしもがない世界だけの記憶であれば、典道は家出する荷物を持ったなずなが母親に連れ戻されるシーンのみの記憶となるので、それだけで新学期欠席することは考えにくい。

 

典道はもしもを繰り返し、なずなと海で共に過ごし、キスまでした。なのに、もしもの世界が終わると転校してしまう。

 

典道だけがもしもの世界の記憶を持ったまま時間が過ぎているのではないか?他の登場人物は、もしもの世界を過ごしていることに気付いていない。もしもが無くなった世界の記憶がないのでは無く、そもそもその世界にいた事すら分かっていない。

 

典道は、そのもしもの世界で起きたこと、もしもの世界が終わり転校した現実、さらにそれを話せる友人がいない学校での生活、その折り合いがつかないために学校に行けないのではないでしょうか。

追いかけているという考え方もしましたが、その行動力があるかも疑問ですし、追いかけたところで解決できる問題では無いことは想像できると思います。

 

なので、冒頭なずなが居た海に典道もいるのでは?という結論に至りました。

 

ある意味夢オチみたいな感じに近いのかなぁとも思います。現実は違う的な。

まぁ好きな人とキスまでしたのに、実際は離れ離れって確かにしんどいですよね。

 

にしても、こんだけ考えさせる(というか考えてあげないと理解できない)ことと、随所に散りばめた非常にわかりやすいもしもの伏線に、温度差がありすぎです。

やはりその作品の中の設定と、人々の共感できるポイントが大切だなぁと感じた映画でした。

今回は理解できないことが多すぎて、逆に考察してみました。

 

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